ナショナリズム-名著でたどる日本思想入門

『ナショナリズム-名著でたどる日本思想入門』 浅羽通明 ちくま新書 2004年

 ある国に価値を認め、それを基礎に展開される知的考察がナショナリズムだが、それは思想というよりもっと幅広い本能・習慣のようなもので、我々のほとんどが無意識のうちにその上に乗って考え行動する前提のようなものだと著者は定義する。そのため本書は、いわゆる思想書にとどまらず、唱歌「戦友」や司馬遼太郎の歴史小説、さらには漫画「男一匹ガキ大将」など多様な素材を、近代の日本ナショナリズムを表現する著作として読者に紹介していく。ナショナリズムというものが非合理的な側面を多分に持っているからこそ、一般庶民の間にまであまねく浸透していったという事実を重視する著者は、文章化してロジカルに論じることが出来る題材のみを重視しがちなインテリ知識人と異なって、多様な題材の中にナショナリズムの表現を探っていくのだが、この著者のセンスには脱帽させられる。

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開発と文化

『開発と文化(21世紀問題群ブックス16)』 岡本真佐子 岩波書店 1996年

 本書は第二次大戦後の発展途上国の「開発」の流れを概観して、「開発」に対する先進国と途上国との間の思惑や価値観のくい違いを明らかにし、現在の「開発」をめぐる議論の混乱・論点の「ズレ」を描き出していく、思想的側面からみる「開発」入門書だ。東西冷戦下の1950年代、近代化論がW.W.ロストウにより提唱されるが、これは途上国を含む全ての社会が、農業を基盤とする伝統社会から、先進地域の技術・制度を輸入して工業化を開始し、「離陸のための先行条件、離陸(テイクオフ)、成熟への前進」という段階を経て、大衆消費社会へ進んでいくとする単系的発展段階論だ。また、開発とは単に技術・モノの供与ではなく、近代文明そのものの移植であり、その背景としての政治的・経済的自由や民主主義といった西欧的価値観の移植でもあるとされていた(例えば「国連開発の10年」を提唱したケネディ大統領は「経済発展とデモクラシーは手を携えてやってくる」と述べている)。そして暗黙のうちに、欧米先進国の発展過程が標準的モデルとみなされ、それを途上国に広めていくことこそ先進国の道義的責務だと考えられていた。それに対し、旧植民地からの政治的独立を果たし国づくりを始めたばかりの途上国側は、経済成長と国家統合を目標として先進国主導の「開発」を受け入れたが、過去の植民地主義への対抗意識もあって、国家・国民の統合をより重視していた。

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文明としての江戸システム

『文明としての江戸システム(日本の歴史19)』 鬼頭宏 講談社 2002年

 本書は歴史人口学が専門の著者による近世日本社会の分析だが、最初に日本史全体にわたる長期的な人口趨勢を提示して、それが直線的な増加を示していないことを強調する。そこに認められるのは人口増加と停滞を繰り返すサイクルだ。すなわち、縄文システム、水稲農耕化システム、経済社会化システム、工業化システムという4つのサイクル、言い換えれば4つの文明システムだ。Husokokuryakuzu

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遊牧民から見た世界史-民族も国境もこえて

『遊牧民から見た世界史-民族も国境もこえて』 杉山正明 日本経済新聞社 1997年

 常に移動生活を行い、遺物・遺跡などをあまり残さない遊牧民の過去を考古学的側面から把握するのはとても難しい。また自ら文献を書き記すこともほとんどなかったため、歴史家がその歴史を復元することはさらに難しい。考えてみれば、定住民が書き記した文献には、遊牧民に対する強度のバイアスがかかりがちだ。それに加えて、今の読者からは近代文明のまなざしによるマイナス・イメージもそそがれる。また西嶋定生のように、中華王朝を中心にした「冊封体制」こそ東アジア世界の国際秩序だったという歴史家もいるが、著者に言わせれば、中華王朝の宮廷の中だけで通用するイデオロギーの産物で、主として軍事力によって動かされてきたユーラシアの歴史の実態とはかけ離れた建前論にすぎないと批判する。

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逝きし世の面影

『逝きし世の面影』 渡辺京二 平凡社ライブラリー 2005年

 著者は参考文献として掲げられている百冊を超す幕末・明治期の欧米人による日本見聞録を読み込み、ほとんどの著作が日本人の特徴として、社交的で機嫌よく少々子どもっぽいが幸せそうに見える人々だと述べている点に注目する。いずれも現在の日本人の性格とは正反対に思えてしまうくらい意外なものだが、例えば著者によると当時の日本人の笑い方は、欧米人には気味悪く写りがちな近年のジャパニーズスマイルと違い、欧米人にもよく解る陽気で率直なものだったらしい。そして古き日本を実見した欧米人の数ある驚きのなかでも最大のものは、物質的には最低限しか所有していないように見える一般庶民が、簡素ながら清潔で美的センスに彩られた彼らの日常生活にすっかり満足してとても幸福そうに見えたことだったという。

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漢字がつくった東アジア

『漢字がつくった東アジア』 石川九楊 筑摩書房 2007年

 本書は通常の政治・経済史として描かれる東アジア史ではなく、東アジアにおける精神文化の変遷を、多数の有名な書家による「書」の写真とその解説を通して描き出そうとしたものだ。著者によれば東アジアというまとまりは単なる地理的概念ではなく、なにより無文字文化圏やアルファベット文化圏と異なり、漢字を使用する文化圏だということであり、その特徴として有文字かつ脱宗教という文化・歴史的共通性を持っているという。

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銃・病原菌・鉄 (Guns, Germs, and Steel)

『銃・病原菌・鉄-13000年にわたる人類史の謎』 ジャレド・ダイアモンド/倉骨彰訳 草思社 2000年

 生物学者の著者がニューギニアで鳥類の生態調査をした際に、現地人協力者から受けた「どうしてあなたたち白人は、世界の富と権力の大部分を握ることが出来たのか?」という素朴な問いかけから本書ははじまる。そこから世界の人類すべてが狩猟採集で暮らしていた13000年前の最終氷期の終わりを起点に、人間社会の生業、技術、疫病、政治構造等がどのように変遷・展開した結果、白人が主導権を握る現代に至ったのかを謎解きの面白さに満ちた平易な文章で描き出していく。タイトルの「銃・病原菌・鉄」とは、白人が他の大陸を植民地化できた直接的要因を凝縮して表現したものだが、本書の表紙にはこれらの要因がもっとも劇的に作用した歴史的事件として、スペインの征服者ピサロがインカ皇帝アタワルパを捕らえた場面が描かれている。

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大転換 (The Great Transformation)

『大転換-市場社会の形成と崩壊』 カール・ポランニー/吉沢英成ほか訳 東洋経済新報社 1975年

 本書は、主として19世紀イギリス社会を対象に、そこで誕生したとされる市場社会の形成(および崩壊)過程をダイナミックに論じたものだ。市場社会においては、労働・土地・貨幣は生産の基本要素である。しかし本来、これらは売買のために生産されるものではない。ゆえにこれらを擬制商品として内部に取り込み、それぞれの自己調整的市場システムが軌道に乗ってはじめて市場経済が成り立つのだという。著者が強調するのは、市場経済がそれ自身の法則に従って発展すると、社会に大きな害悪をもたらすということだ。つまり、労働を商品視することによって、人間の生死やモラルが市場経済に従属させられること。土地を商品視することによって、河川が汚染され美しい風景や軍事的安全が脅かされること。貨幣を商品視することによって、その過多・過少が企業活動を揺るがし、周期的に恐慌を引き起こすことだという。

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マオ-誰も知らなかった毛沢東

『マオ-誰も知らなかった毛沢東』 ユン・チアン、ジョン・ハリディ/土屋京子訳 講談社 2005年

 最近「BS世界のドキュメンタリー・毛沢東」という番組の文化大革命当時の映像で、天安門広場で紅衛兵に囲まれた周恩来が「毛主席万歳!万万歳!」と叫んでいるシーンを見た。私はその口調が「還珠格格」という中国の歴史ドラマのなかで皇帝に対して唱えられる口上にそっくりなのに驚いて、中国は今もなお権力者がその人格で治める人治の国なんだなあと実感したが、本書によると、毛沢東はまさに新中国の皇帝としてふるまい、周恩来は皇帝の繰り出す恐怖におびえる忠実な下僕だったらしい。本書のひとつの特徴は、毛沢東に終生忠実だった周恩来に対してかなり批判的な点だ。

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中世人の経済感覚-「お買い物」からさぐる

『中世人の経済感覚-「お買い物」からさぐる』 本郷恵子 日本放送出版協会 2004年

 貨幣経済が少しずつ浸透しつつあった中世日本に生きた人々は、どのような市場でどのように買い物していたのだろうか。本書は様々な史料をもとにして、中世日本人の経済感覚が現代人とどのように違っていたのか、またある面では現代人に近かったのかをわかりやすく教えてくれる。例えば『古今著聞集』という鎌倉時代の説話集では、仲の良い夫婦が博打で大金を手にしても「このお金で夫婦ともども末永く幸せに暮らしましょう」とはいかず、より心が休まる余生を送るために出家をとげる。現代とかなり異なるこの展開からは、当時はまだ夫婦や家族が人生における基本的な単位になっていないことが伺われるという。

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「日本人論」再考

『「日本人論」再考』 船曳建夫 NHK出版 2003年

 最初に著者は「日本人論」の持つ二つの欠点を指摘する。ひとつは日本人とはそもそも日本人「たち」なのに、ほとんどの日本人論が、日本人の持つ複相性を無視して、日本は単相的な社会だという前提に立って論じられていること。(その原因として、江戸期までの国境と日本語の通用範囲がほぼ一致していたことと、近代的な国民国家を確立しようとした明治政府の教育方針が、日本国民としてのアイデンティティ形成に重点をおいたことがあげられる。)もうひとつの欠点は、日本人をひとくくりで語ろうとしても、対象のとり方に誤差が大きすぎて、その議論が学問的水準に達しないことにあるという。続けて著者は、こうした欠点にもかかわらず、なぜ数多くの日本人論が読まれ続けてきたのかと問いかけ、その理由を明治期から2001年までに出版された様々な日本人論をとりあげながら探っていく。

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「日本文化論」の変容

『「日本文化論」の変容-戦後日本の文化とアイデンティティー』 青木保 中公文庫 1999年

 日本人はそのアイデンティティーの拠り所を文章で確認したいという思いが強いのか「日本文化論」というジャンルが確立するほど、膨大な日本文化論が書かれ、多くの日本人読者に読まれ続けてきた。著者は時期的には第二次大戦後に限って、優に2000点をこえるという多くの日本文化論のなかから内容の優れたものを選び出し、その概要を紹介するとともに執筆時点の時代的背景や社会に与えた影響等を分析していく。その結果、一見すると日本文化についての客観的解説に見えるこれらの書物が、執筆時点における特有の社会状況の下で、日本人が欧米という外部の眼を意識しつつ自己を主観的に眺めた自画像だということ、さらに、戦後日本の社会状況の変化にともなって、日本文化論も大きな変容を経てきたということを明らかにしていく。

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カネと人生

『カネと人生(くらしの文化人類学5)』 小馬徹編 雄山閣 2002年

 カネは、火、文字と並んで人間の三大発明といわれる。人間は暮らしの利便を求めてカネを発明したはずなのだが、いつのまにか多くの人間が、カネに振り回されて生きるようになっている。カネが使われ始めた時点では、生活必需品を入手するための手段に過ぎなかったはずなのに、現代日本のような高度資本主義社会では、カネの欠乏によって市場交換から排除されることが、そのまま社会からの排除にまでなってしまう。どのようにして人間社会におけるカネの占める位置は巨大化してきたのだろうか。本書は文化人類学の視点からこの疑問に答えるべく、対象社会におけるカネの浸透度を目安に「カネとの出会い」「はざまを生きる」「市場経済のただ中で」という三部構成をとり、カネのいらない社会からカネ無しでは埒の開かない社会までの様々な局面を描いていく。また編者が各著者に対して、論文等では軽視されがちな調査時の逸話や感情の動きを積極的に描くよう依頼したこともあって、表題の「カネと人生」にふさわしい面白い読み物になっている。

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「日本人」の境界

『「日本人」の境界-沖縄・アイヌ・台湾・朝鮮 植民地支配から復帰運動まで』 小熊英二 新曜社 1998年

 「日本人」と呼ばれる人々の範囲や「日本人」と「外国人」との境界は、どのような要因によって決められ、また変動してきたのだろうか。どうして戦前の日本は、沖縄・アイヌ・台湾・朝鮮を支配下に置き、現地住民を法的に「日本人」と規定したのだろうか。著者は当時の為政者の発言や官庁文書等の膨大な史料を読み込んで考えた結果、当時の為政者は欧米列強との関係を最優先しており、周辺アジア諸国との関係は二の次だったこと。そして周辺地域を支配した動機が、欧米列強に対抗するためにアジア諸民族は団結すべきというアジア主義の主張からというより、欧米列強からの軍事的脅威に対する国防拠点の確保という点にこそあったことを明らかにしていく。つまり国防を最優先するならば、コスト面は度外視しても国境線はできるだけ遠方に引かれるべきであり、辺境地域の住民は、国家への忠誠心を持たせるために統合・同化されるべきということになる。

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